〇

よる

侘田

あめ

せみ

梢綿貫

 

〇

よる 「今幎も぀いに、巡り巡った この぀めたさず、矀青色のさきには
こころ、ざわ぀く季節が埅っおいる。そしおその季節に、わたしはいないだろう─────」

〇  .

──東京駅。その片隅に、よるはいる。
──そこぞ、レンタカヌを借りた梢がやっおくる。
よる お、借りれた ありがずう
梢 いやいや
──ふたりは、クルマのほうぞ。

〇  .

──レンタカヌの車内。梢は運転しおいる。
──埌郚座垭に座っお窓のそずを芋぀める、よる。
・・・・・・
──深倜の、町の灯りが目たぐるしくスラむドしおいく。
──癜く発光する、コンビニ。ネオン。オレンゞ色の街灯。
・・・・・・
──そしお、至るずこで道路工事が行われおいる。
──ふたりは、あたりしゃべらない。
梢 ビヌル、買っおおいたよ
よる え、ありがずう
梢 そこにあるから
よる うん
梢 飲んでいいよ
──ただ、もくもくず目的地ぞ向かっおいる。

〇  .

──せみは、自宅にお。マンガを描いおいる。
せみ 、、、、、、
──おそらく東京を舞台にしたマンガである。
・・・・・・
──あめも、自宅のじぶんの郚屋にいる。
あめ 、、、、、、
──すこし明るんできた、窓のそずを眺めおいる。
・・・・・・
──梢ずよるはクルマを走らせおいる。
梢 あ
よる ん
梢 明るんできたかも
よる ああ、どっちが東
梢 あっちじゃないかな
よる あっちっお、どっちだ
梢 あっちだよ
──やがお、ふたりはクルマを停める。
──倖ぞでおみる。
・・・・・・
──携垯電話で、写真ずか撮っおいる。
──ここは、海の森。
よる うヌん
梢 なんにもないね
よる ほんずうに、なにもない
梢 なにもないずは、このこずだね
よる そしお、さむい
梢 どうしお、ここに来たかったの
よる や、地図で芋たら
ここが東京の、さきなのかもしれない ずおもったから
梢 東京の、さき
よる 川ずいう川が、ここたで巡っおきおいるように
芋えたんだけどなあ
でも、この殺颚景を芋おいおも わからないや
梢 しかし、かすかに 朮の匂いがするね
──するずそこぞ、䞀台のクルマがやっおきお。
──譊備員らしきひずが、降りおくる。
譊備員 あのヌ、すみたせん
えっず、ここなんですけど五分以䞊、駐車しちゃいけないんですよ
それず、なんですか それは
撮圱 そういうのも、ちょっず あれなんですよね、ここでは
梢 あ、そうなんですね
じゃあ、おきずうに 戻りたすね
譊備員 すみたせん
──譊備員は、ふたたびクルマに乗りこんで行っおしたう。
梢 だっおよ
よる 戻ろう ずいうか、垰ろう
梢 わたしたちの居堎所は、無いっおこずかよ
ここにも、どこにも 無い、っおこずかよ
──ふたりはふたたびレンタカヌぞ。

〇  .

──海の森からの垰り道。
──梢は運転しおいる。よるは、ビヌルを飲んでいる。
よる わたしたちっお、やっぱりコドモなんだよなあ
えっず、幌皚であるずか
あどけないずか、そういう意味じゃなくお
だれしもが、だれかから生たれた コドモなんだよな
生たれた、ずいうか
この䞖界に、どういうわけか 生たれおしたった、コドモ
だれひずりずしお、こんな䞖界に生たれおこようだなんお
生たれるたえに望んだわけではないから
䞍思議だずおもわない
勝手にだれかが、぀くっお生んだだけだからさあ すべお
この行き亀うひず、すべおだよ
だれひずりずしお、オトナなんおいないよ
こんな朝はやくにさあ、もう䌚瀟だの珟堎だの、孊校だのに
死んだ目をしお向かっおいるのは、すべお コドモなんだよ
ははっ、笑えおくるぜ やっぱり笑えおくるよ
どうしお、望んでもいない䞖界を 歩いおいるんだ
わたしたちは わたしたちは わたしたちは わたしたちは
──クルマはあおもなく、走っおいる。

〇  .

──どこか、郜内のコンビニの駐車堎。
──梢ずよるは地面に腰を䞋ろしお、行き亀うひずびずを芋぀めおいる。
よる 芋お 煙だよ
梢 ああ
よる だれかのからだが燃やされおいるのかなあ
──い぀だったか、䞘田ず話したこずがリフレむンされる。
よる ねえ、東京のどこで
ひずの死䜓っお、燃やされるんだろう
侘田 え
──梢は、ポケットからナむフをだしお、それをいじっおいる。
よる じ぀は、わたし だれかが死んだずき、手を合わせたこずないんだ
・・・・・・
なにが死んでも、だれが死んでも
・・・・・・
わたしのために、わたしによっお わたしは泣くよ
悲しみずか、怒りずか ずっくに通りこしお
もちろん、なにかを だれかを、憐れんで わたしは泣かないよ
わたしが泣くずきは、もっず別次元の たったひずりのわたしず
目のたえに、そびえたっおいる
たったひず぀の、狂った䞖界しかない そのずきだよ
侘田 蚀っおいるこずの、ほずんどがわからないけど わかったよ
──どこかから立ち昇る煙を、よるは芋぀めおいる。
よる 䞘田くん、たずえば
わたしがたった珟圚いた、死んだずしおも
手を合わせないでね
・・・・・・
だっお、わたしたち コドモはさあ
立ち尜くすしかないんだよ
そしお、わたしたちが立ち尜くしおいる
この路䞊のしたには、おびたたしい数の
コドモが、コドモたちが 埋たっおいる
・・・・・・
ねえわたし、生きおいるように芋える
それずも、死んだように 芋える
──梢が持っおいたナむフで、よるを刺す。
──よるは、その堎に倒れる。
──路䞊は、血で染たっおいく。
──しかし、よるはなぜだか笑っおいる。

〇 梢綿貫

 梢もたた、よるず同䞀人物である。そういえば、梢の姓は「綿貫」だったこずを、よるは思い出した。

橋本倫史

 目を芚たすず、぀けっぱなしのテレビにカラフルな画像が映し出されおいた。チャンネルを回すず、少しず぀配眮は違うものの、䌌たような画面で停止しおいる。時蚈には午前3時34分ず衚瀺されおいる。今日は月曜日で、すべおの攟送が䌑止䞭だ。今日が月曜日だずすれば昚日は䜕曜日だったのだろう。

   

 ここはどこだろう。数秒考えお、昚晩はホテルに泊たったのだったず思い出す。ホテルで目を芚たすず、䜕泊か泊たっおいるずきでも、自分が今どこにいるのかわからなくなるずきがある。

 倖はただ暗闇に包たれおいる。東京駅からほど近い堎所だずいうのに、歩いおいる人はおろか動いおいるものさえ芋圓たらなかった。近くのレンタカヌ店たで歩き、コンパクトカヌを借りる。店員に先導され、車䜓にキズがないか確認する。そこには氎滎が残っおいお、「昚日はすごい雚でしたね」ず店員が蚀う。がくは昚晩遅くに東京に垰っおきたばかりだから、雚が降ったこずを知らなかった。

 ゚ンゞンをかけお、音楜を再生し、車を走らせる。道路はほずんど貞切状態だ。「この先、走行するレヌンにご泚意ください」ずナビが蚀う。他に走っおいる車がいないず、枋滞ずは無瞁だけれど、自分が今走っおいるのは正しいレヌンなのか、心蚱なくなる。制䜜担圓の叀閑詩織さんず、映像担圓の召田実子さん、それに藀田君をピックアップするころには、時刻は4時半になろうずしおいた。去幎の春から、この4人で東京の路䞊を歩き続けおきた。それも今日で終わりを迎える。

 ナビは倧井埠頭から東京枯臚海トンネルを通るルヌトを案内しようずする。それを頑なに無芖しお、銖郜高速道路の高架䞋、海岞通りをひた走る。しばらく「Uタヌンを」ず繰り返しおいたナビも、芝浊埠頭にたどり着くず、がくが走りたかったルヌトに切り替える。そのルヌトずいうのはレむンボヌブリッゞだ。

「こんな時間に、こんなファミリヌカヌで走っおるず、『䜕運んでるんだろう』っお、逆にちょっず怖くなるよね」。藀田君はそう蚀っお笑う。こんな早朝に芝浊埠頭を行き亀うのは倧型トラックず倧型トレヌラヌばかりだ。ルヌプをぐるりず走るに぀れお高床が䞊がり、東京湟岞の颚景が䞀望できる。「このあたりの颚景っお、たたらなく奜きなんだよな。ほんずうに未来感ない」。車窓の景色を眺めながら藀田君が぀ぶやく。

 レむンボヌブリッゞを超えお、物流倉庫の巚倧な箱が建ち䞊ぶなかを進んでゆく。しばらく走るずトンネルが芋えおくる。その入り口に、は原付、自転車を含む軜車䞡、それに歩行者は通行止ず暙識が出おいる。ここから先は、いくら路䞊を歩いおもたどり着けない堎所だ。このトンネルをくぐった先に、東京タワヌの展望台から芋えた埋立地がある。䞭倮防波堀ず呌ばれるこの堎所が、東京湟に浮かぶ埋立地の䞭でも䞀番倖偎に䜍眮する。

     

 ここが東京だずいうこずを忘れおしたいそうなほど、だだっ広い颚景が広がっおいる。ここにはゎミの埋立凊分堎ずコンテナタヌミナルがあるだけで、建物もほずんど芋圓たらない。膚倧な量のゎミが埋め立おられおきたのか、䞘のような堎所もある。「監芖カメラ䜜動䞭」ず曞かれた看板が出おいる。片偎䞀車線の道路は路肩が狭く、䞀時停止できそうな堎所が芋圓たらなかった。あおもなく走り回っおいるうちに、ロヌタリヌのような堎所にたどり着く。トラックずトレヌラヌが1台ず぀停たっおいる。

 駐車犁止の暙識が出おいるけれど、「駐停車犁止」ではないずいうこずは、短い時間の停車なら蚱されるのだろう。車を停めおドアを開けるず、匷い浜颚が吹き蟌んできた。

 時刻は5時半、空が少し明るくなっおきた。海は芋えないけれど、朮の匂いがする。吹き぀ける匷い颚に、背䞭が䞞くなる。ただ明け方だからか、車が行き亀う気配はなく、颚景は静たり返っおいる。ここは䞀䜓どこなんだろう。

     

「自分でも驚いおるんだけど、ここには䞀床もきたこずがなかったのに、『CITY』で描いた颚景が広がっおる」。遠くのコンテナタヌミナルを眺めながら、藀田君が぀ぶやく。

 車を停めお5分が経ずうずしたずころで、遠くから黄色いワゎン車が走っおくるのが芋えた。がくたちのすぐ近くでワゎン車は止たり、譊備員が降りおくる。

「お車で来られおたす」。譊備員がにこやかに蚀う。はい、この車でず答える。車がなければ、この堎所にくるこずはできなかった。「こちらは駐車犁止の堎所になっおたすので、5分、10分皋床なら問題ないんですけど、お早めにご移動をお願いしたす」

 ゚ンゞンをかけ、再び車を走らせる。䞭倮防波堀はふた぀の埋立地から構成されおおり、南偎に䜍眮する䞭倮防波堀倖偎埋立地ず、北偎に䜍眮する䞭倮防波堀内偎埋立地からなる。䞭防倧橋を枡り、倖偎埋立地から内偎埋立地に匕き返す。ここには建物がたくさん䞊んでいる。しばらく走っおいるず浜蟺に出た。貚物船が䜕隻か浮かんでいる。これから出枯するのか、フェリヌも停泊しおいる。

   

 空はもう癜んできおいる。そろそろ日の出が近いはずだ。目的地に䞭倮防波堀を遞んだのは、東京湟に浮かぶ朝日ず、朝日に照らされる東京の街䞊みを眺めたかったからだ。ここは䞀番倖偎にある埋立地だから、朝日を遮るものは䜕もなく、振り返るず海を挟んだ察岞に東京の街䞊みが広がっおいる。フゞテレビも、レむンボヌブリッゞも、東京タワヌも、スカむツリヌも芋える。たたにゆりかもめに乗るず、これに近い颚景を目にするこずができる。そのたびに、鏡を芗き蟌んだような気持ちになっお、食い入るように芋぀めおしたう。

 車を路肩に停めお、海を眺める。1分ず経たないうちに、黄色いワゎン車が近づいおくる様子がバックミラヌ越しに芋えた。海を眺めお感傷にひたるヒマもなく、远い立おられるように発進する。こんなだだっ広い堎所だず、身を隠せるずころもなく、行動が筒抜けになっおいる。

 気づけば朝日が茝き始めおいる。ナビを芋るず、察岞にあるフェリヌタヌミナルに「P」ず衚瀺されおいる。そこならきっず、駐車しおじっくり海を眺められるはずだ。地図を頌りに車を走らせ、タヌミナルの敷地に入るず、川のように氎が流れおいる。ぎょっずしお䞀時停止する。これは䜕が流れおいるのだろう。躊躇しながら川を越える。「釣り、撮圱等のための枯湟斜蚭内ぞの立ち入りを犁止したす」ず曞かれた看板が芋える。朝日を眺めるための立ち入りも犁止されおいるのだろうか。案内衚瀺に埓っおタヌミナルビルの向こう偎にたわるず、正面から巚倧なトレヌラヌが2台、こちらに向かっお走っおくる。䞀方通行の暙識はなかったはずなのに、道の巊偎ず右偎からこちらに向かっおくる。自動車は道路の巊偎を走るはずだけれども、巊に進めば正面衝突だ。2台のトレヌラヌのあいだをすり抜け、どうにか事なきを埗る。動揺のあたり、駐車堎所を探せないたたぐるりず䞀呚しお、そのたた敷地の倖に出る。

「今、完党に远い出されたしたよね」藀田君は埌郚座垭で笑っおいる。「今のはちょっず、いじめっぜかったな。橋本さんが挟み撃ちに遭っおたよね。ほずんどフィクションみたいだった。でも、ある意味で東京感もあるし、かなり良かったな」

   

 日の出から30分近く経ち、すでに倪陜は高い䜍眮に䞊がっおいる。「久々に倖で倜明けを䜓隓したしたけど、あっずいう間にただの昌間になるんですね」ず藀田君が蚀う。䞭倮防波堀にもフェリヌタヌミナルにも駐車できなかったけれど、お台堎海浜公園たで行けば海を眺められるだろう。

「およそ600メヌトル先、海浜公園入口を右方向です」。ナビに埓っおりィンカヌを出し、右に曲がるず、銖郜高速道路のランプが遠くに芋える。「海浜公園入口」より䞀぀手前、「レむンボヌ入口」を右折しおしたったようだ。どうにか匕き返せないかずルヌトを探したものの、巊折できる亀差点もなければUタヌンできる堎所もなく、高速道路の料金所が近づいおくる。「カヌドが挿入されおいたせん。゚ラヌ、れロ、むチ」ず、ETC車茉噚が譊告音を発する。なす術がなく料金所に吞い蟌たれ、1320円支払っおゲヌトをくぐる。海を眺めるこずはできないたた、お台堎から匟き出されおしたった。レむンボヌブリッゞを枡るず、東京タワヌが近くに芋える。

     

「東京に䜏んでおも、ずっず芳光気分なんだよな」。カメラを回しながら、実子さんが぀ぶやく。「䜕回東京タワヌを芋おも感動するし、い぀たで経っおも『人がいっぱいいる』っお思っちゃう」

「え、そうなんだ」ず、藀田君が䞍思議そうに蚀う。「俺は結局、東京が倧奜きだけどね。小さい頃からずっず、い぀か東京に出るっおむメヌゞがあったんだけど、僕にずっお地獄っお䌊達なんだよね。䌊達にいるずさ、どこに行っおも死に溢れおるから、自分の䞭でフィクションを立ち䞊げるしかなかったんだよね。だから、18幎経った今でも䌊達を出れおよかったず思っおるし、東京が奜き。だっお、東京にいるず、どこで誰が死んでもわからないじゃん。それに、東京っお東京のこず信じなくおいいじゃん。それも奜きなんだよね。いろんな人に死なれるず、裏切られた気持ちになるから。死だけじゃなくお、町の䞭にあるいろんな差別を含めお、すごくトラりマなんだよね」

 藀田君は18歳の春、もう䌊達には垰らないずいう決意で䞊京した。そうしお挔劇䜜家ずなり、今では䜜品を携えおいろんな土地を蚪ねおいる。䌊達を離れるにしおも、どうしお向かう先は東京だったのだろう。

「むタリアに行ったずきずかに、『フィレンツェ、䜏んでみたいな』ずか、『䜏むならフィレンツェだな』ずか、僕っおすぐにそういうこずを蚀っちゃうじゃないですか。それはすごく衚局的なずころで蚀っおるんだけど、ほんずは䜏みたいず思っおないんです。だっお、あの街に䜏んで、あの街で出䌚ったゞャコモかアンドレアの死を経隓したら、もう生きおいけないず思う。どこかの街に䜏むず、そういう逃れられないこずを経隓するんだろうなっおトラりマがあるから、東京以倖の街には䜏めないんです。玙みたいな焌き鳥食っお、知らん銘柄の日本酒飲んで寝る――その名前のない感じが奜きなんだず思いたす」

   

 藀田君の蚀葉を聞いおいるず、䜕幎か前の蚘憶がよみがえっおくる。あれは『たえのひ』ずいう䜜品で党囜を巡っおいたずきのこず。いわき、束本、京郜、倧阪、熊本、沖瞄ず巡り、最埌は新宿・歌舞䌎町で公挔が行われるこずになっおいた。その公挔の盎前に、青柳いづみさんず藀田君ず、3人で回転寿叞を食べに出かけた。お昌時を過ぎおいたせいか、開店しおいるネタはかぎかぎになっおいたけれど、そこで寿叞を食べたこずは楜しかった思い出ずしお残っおいる。

「ああ、あの回転寿叞、めっちゃおがえおる」ず藀田君。「也き過ぎお、ネタがこう、瓊みたいに反っおたしたよね。そんなかっぎかぎの寿叞を食べおも、うたいっお思う瞬間があるんですよね」

 芝浊パヌキング゚リアの屋内には自動販売機が䞊んでいる。ゞャズが流れおいお、ドラむバヌの人たちが自動販売機で買ったホットスナックで朝食をずっおいる。目を芚たしお3時間、今日はただ䜕も口にしおいなくお、お腹が枛っおいる。Googleマップを開き、営業䞭の寿叞屋を探す。こんな時間に営業しおいる回転寿叞屋は芋圓たらず、出おくるのは築地の寿叞屋だ。そんな本栌的な寿叞が食べたいわけではなく、どうしようかず思い悩んでいるうちに、数幎前から「ロヌ゜ン」でにぎり寿叞が販売されおいるこずを思い出す。怜玢するず、北品川䞀䞁目店には駐車堎があるようだったので、「ロヌ゜ン」北品川䞀䞁目店を最埌の目的地に蚭定する。

「ここ、歩きたしたね」。芝公園むンタヌを出お第䞀京浜を走り、札の蟻の亀差点に差し掛かったずころで藀田君が蚀う。ここは去幎の春、最初に歩いた堎所だ。「あのずきずは逆に向かっおるっおこずですよね。この『札の蟻』っお、絶察に『さ぀の぀じ』っお読んじゃうんだよな。なぜなら、札幌の『札』だから。その読み方が染み぀いちゃっおるから、絶察『さ぀』っお読んじゃうんだよ」

   

「ロヌ゜ン」北品川䞀䞁目店に車を停めお、店内を探す。棚には寿叞は䞊んでおらず、せめおそれに近いものをず、玍豆巻きを買う。実子さんはねぎずろ巻きを、叀閑さんはいくら醀油挬けのおにぎりを。普段はシヌチキンかしおむすびしか食べない藀田君も、焌さけハラミずしらすおにぎりを買っおいる。本圓なら今頃、東京湟から察岞を芋枡しおいたはずなのに、ビルで芖界が塞がれたずころに車を停めお、おにぎりを頬匵っおいる。目の前にも小さなコむンパヌキングがある。しばらくそこに䜇んでいるうちに、あらかじめお決めおいた堎所を蚪ねお終わるより、こうしお予定調和を逃れるこずができおよかったんじゃないかずいう気もする。

「ちょっずそれ、自分に蚀い聞かせおたせんか」そう笑いながらも、「たしかに、でも、最埌に品川に戻っお終われるのはよかった気がする」ず藀田君も同意しおくれる。

「スカむツリヌに行ったずき、橋本さんも蚀っおたけど、あの高さから俯瞰しおいるずコントロヌルできちゃいそうになるじゃないですか。もしも珟実にコントロヌルしようずしたら、それは独裁者になっちゃうけど、今日は䞍可抗力が働いおいる感じがしお面癜かったですね。それで蚀うず、䜜品を䜜り続けおるず、コントロヌルしそうになっちゃうずころがあっお。皜叀堎で過ごしおるずきずかに、たずえば『そこ、しゃべんな』ずか、蚀えちゃうじゃん。それが䜜品のためだっおこずでコントロヌルしようずしちゃうけど、そんなふうに自分の力を発揮しようずするなんお、ほんずうは駄目だず思うんです。だから、ずきどきワヌクショップの仕事があるず、ホッずするんですよね。ワヌクショップに参加しおくれるのは、僕がキャスティングしたわけじゃない人たちで、そういう人たちず時間をずもにしおいるず、『普通はこうだよな』っおずころに立ち返れるんです」

   

 時刻は7時過ぎ、こんな時間からもう通勀客が行き亀っおいる。ご近所さんなのだろうか、すれ違った人同士が䌚釈しおいる。すぐ近くに、東八ツ山公園ずいう倧きな公園がある。この䞀垯は品川宿のはずれに䜍眮する䞘で、か぀お「八ツ山」ず呌ばれおいた。江戞時代に埋立工事が行われたずきには、この䞘の土砂を切り厩したのだずいう。䜕癟幎も前から、ここには誰かが暮らしおいたのだろうか。

 䜕十幎、䜕癟幎ず続く歎史ある街䞊みがある䞀方で、人工的に造成されたニュヌタりンがある。お台堎もそのひず぀ず蚀える。路䞊を歩いおいるず、長い幎月をかけお圢成された街䞊みに惹かれがちだ。だけどがくは、お台堎のような土地のこずも、「人工的なニュヌタりンだ」ず切り捚おるこずができない。人工的なものを吊定するのであれば、たずえば、劇堎ずいう空間で目にしおいるものも、吊定しなければならなくなっおしたう。劇堎に立ち䞊げられるのは、挔劇䜜家が人工的に぀くりあげた颚景だ。この䌁画の最埌に、たるで人工的な堎所を蚪れおおきたい――そう思っお、目的地を䞭倮防波堀に遞んだ。でも、そこには劇堎ず倧きく異なる点があるこずを、芋萜ずしおしたっおいた。劇堎には、客垭がある。そしお、劇が始たるず客垭は暗闇に包たれ、倧勢の芳客の䞭に身を玛らすこずができる。がくが普段、暪䞁の小さな酒堎に入りたくなるのも、単に颚情を味わっおいるのではなく、雑螏の䞭に身を玛らすのが萜ち着くからだず、今日はっきりず気が぀いた。

「なんでこの䞖界がこんなふうに続いおきたんだろうっお考えるず、めちゃくちゃ䞍思議ですよね」。藀田君が蚀う。「コドモっお、生たれるこずを遞んで生たれおきおないじゃないですか。倧人であっおも、それは぀たるずころ、党員コドモだちだず思うんです。皆、生たれたいず思っお生たれおきた人たちじゃないず思うんですよね。だから、ほずんどのこずは自分のせいじゃないはずなのに、『自分が遞んだこずだから』ずか、『自分が決めたこずだから』ずかっお口癖のように皆蚀うけど、そんなこずっおほずんどないず思うんです」

 この日は3月22日で、緊急事態宣蚀が“解陀”された日だった。あれは䞀䜓どのタむミングで“解陀”されたのだろう。日付が倉わった瞬間だろうか。それずも倜が明けたずきだったのだろうか。その前ず埌ずで、䞖界は䜕䞀぀倉わらなかった。

 それからちょうど1ヶ月が経った4月22日、僕は郜営新宿線に揺られおいた。その日はずおも久しぶりにラむブに出かけるこずになっおいた。どうやら人身事故があったらしく、電車のダむダは乱れおいた。遅れおやっおきた地䞋鉄は、駅に到着するたび、運転間隔の調敎のためにしばらく停車したたたでいた。

「なんでわざわざ人が倚い駅で飛び蟌むんだろ」。高校生の女子が気だるそうに蚀う。「死ぬ前にさ、泚目を济びお人気者になりたかったんじゃん」ず、隣に立぀男子が返す。その蚀葉を耳にしお振り返り、ふたりの姿をじっず芋る。ふたりは気たずそうに芖線を䞋げた。マスクをしおいるから、衚情は芋えないけれど、その口元は笑っおいるような気がした。

「すべおの電車が笹塚止たりずなりたす」ず車内アナりンスが流れる。そういえば今から芳に行く人のスタゞオがあるのも笹塚だったなず思い出す。

 発刞したチケットに衚瀺された座垭番号は、最前列のものだった。枋谷のラむブハりスの最前列で、食い入るように舞台を芋぀めおいるず、その歌の照準は自分にぎったり合わせられおいるかのように錯芚する。もしも最前列ではなく、自分の垭が䞀番埌ろだったずしおも、そう感じおいただろう。䞊京しおたもないころ、同郷の友人に連れられお䜕床かラむブハりスに足を運んだこずがあったけれど、どこか居心地の悪さを感じおいた。同じリズムで䜓を揺らし、拳を突き䞊げ、䞀䜓感が生み出されおいく空間に、どうしおも壁を感じおしたっおいた。そんなずき、ふいに撃ち抜かれたのが、いた目の前に䜇んでいる人の歌だった。

 終挔埌、䜙韻に匕きずられるように枋谷を歩いおいるず、いたるずころで酒を飲んでいる集団を芋かけた。数日前から、緊急事態宣蚀ずいう蚀葉が再び囁かれ始めるのを気にしお、「路䞊飲酒」が問題芖され始めた。この䞀幎――いやこの17幎ずっず、路䞊をふら぀きながら酒を飲んできたひずりずしお、反射的に反感をおがえた。でも、こうしお路䞊飲酒の珟堎に出くわすず、これは自分にずっお銎染みのある路䞊飲酒ではないず思っおしたう。さっきラむブハりスで耳にした歌を反芻する。

土曜日の倜の実感がわかん日々に 俺は成り果おた

ありふれた商店街のシャッタヌ 次々ず閉たっおいった

誰かが散らしたゲボだらけ そんな地面に写る倕焌け

人圱それはたさしく我

䞀人で気取る路䞊の酒

いいわけ、意志、期埅ず予感

ただならん気配 感じる䞍安

突発的に野良猫に ケンカを売りたくなる

瞬間のたたらんほどのテンパリ感

わからん 貎様ずは気が合わん

どっかの誰かが吐かした反感

思念の匷さで撃぀匟䞞

「六本の狂ったハガネの振動」䜜詞䜜曲向井秀埳

 自分にずっお路䞊飲酒は、「䞀人で気取る路䞊の酒」であっお、こんなふうに集団で酒を飲むこずではない――ず、他の誰かず自分は違うのだず考えるのは、孀独䞻矩者のくだらない考えなのだろう。それは誰かに指摘されるたでもなく、わかっおいる。それでも、「他の誰かず䞀緒くたにしおくれるな」ず、心の奥底で思っおしたう。自分が感じおいるこずなんお、せいぜい数行に芁玄できる皋床のこずなのだろう。それでもなお、わかっおたたるかず思っおしたう。わかっおたたるか。

 路䞊で、集団で酒を飲んでいるひずりひずりの䞭にだっお、そんな感情がどこかにあるのだろう。その気持ちに、僕は氞遠に觊れるこずはできないだろう。わかり合えないこずず、それを吊定するこずは、たったく別次元の話だ。

 コンビニでアサヒスヌパヌドラむを買っお、駅に向けお坂をくだる。ガヌルズバヌの店員がふたり、小さなボヌドを手に客匕きをしおいる。マスクはしおいなかった。あのふたりは今、どんな気持ちで街角に立っおいるのだろう。想像を巡らせるだけだず、安盎な声をあおおしたいそうで、想像するのはやめにする。

 どんなに孀独䞻矩者を気取ったずころで、自分は人里離れた堎所で生きおいくこずには耐えられないだろう。自分ずはたったく異なる感芚で、今この時代を生きおいる人がいる。そんな人波を泳ぎ続けおいるず、ほんの䞀瞬だけ、誰かず通じ合えたような心地になる瞬間がある。その䞀瞬を求めお、郜垂を、東京を歩き続けおきた。

 もしも幜霊が存圚するのだずすれば、どんなに喜ばしいだろう。今から100幎埌、がくは絶察にこの䞖に存圚しないだろう。誰かに声をかけたり、蚀葉を亀わしたりするこずができなくなったずしおも、その先の颚景を、がくはずっず芋おいたい。肉䜓が滅んだずしおも、この目だけは残り続けお欲しい。たずえク゜みたいな䞖界になっおいたずしおも、ゲボだらけの颚景だったずしおも、それを芋続けるこずができたら、どんなに幞せなこずだろう。そんなこずが叶わないのはわかっおいるから、生きおいる限り路䞊を歩き続ける。

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